吠えるようになった(飼い主が)
ちょくちょく家で遠吠えをすることがある。
おはるがじゃない、僕がだ。
おはるもするけど僕もする。
特にも金曜日の夜に多く、休日なら日中にすることもある。
帰宅し放牧された社畜がその解放感に浸りながら本を読んだり掃除をしたり、心がフラットになりかけたその瞬間
「ぁおぉーんっ」
…ほぼ無意識。
ふと頭によぎりそうになる会社であった嫌なこと。
例えば窓口でのクレーム対応、何がそんなに憎いのかバンバンはたかれる机も大層気の毒である。
そんな僕の背後には席に座ったまま半眼の顔つきで動きを止める地蔵様(上司)、ことが終わると晴れやかな笑顔でもって現世に舞い戻ってくる。
あんなことそんなこと。
せっかくの休暇に沈殿しきらない泥が記憶の窯を開きかけた時、強制リセットする魔法の言葉。
個人的には「悪霊退散!」みたいな気持ちで吠えている。
おはると暮らすようになるまでは、短く「あ゛ーっ」だったり、「死ねっ」「くそっ」といった罵詈雑言であったりした。
けれど気分よさそうに歌っている彼女に触発されてやってみると、遠吠えって思いのほか気持ちいい。
「あ゛ーっ」は熱いものに触れたみたいな痛みを錯覚するし、罵詈雑言だと自分のなかに濁りを残す。
けれど「ぁおぉーんっ」は違う。
口をすぼめて喉を張りちょっと見下ろす余裕でもって「もや」を晴らす。退散!退散!
どちらにせよ端から見ればちょっと頭がおかしい奴。
だけれど誰に聞かれているわけでもなし、それに幸いおはるがいる。
もしかしたら少しくらいご近所に漏れ聞こえているのかもしれないけれどが、よもや飼い主の方とは思うまい。
その濡れ衣はちゃっかり彼女に着せられているのである。
なぜ遠吠えをするのか?
犬の遠吠えにはいくつか意味があるとのこと。
外の物音への反射行動だったりストレスだったりもするけれど、どうやら縄張りを主張するためでもあるらしい。
自分の侵されたくない領域を主張し守るため、今日もおはるは吠え、そして僕も吠えている。
別に会社環境や僕自身の周囲への対応に何か変化があったわけじゃない。相変わらず机ははたかれているし上司はお地蔵様である。
でも僕はもう痛みを我慢し目を塞いでいるだけの自分ではない。
胸の内では主張しているし戦っている。
かつて熊と戦った秋田マタギの相棒、その末裔、
そんな彼女譲りの僕の遠吠えはそこそこに一級品であるはずだ。
会社でだって、いざとなれば吠える心構えはできている。
理不尽と呼べる何かがあなたを傷つけ、
ひとりぼっちにして、
心まで奪い去ろうとしてきたなら、みんなも試しに誰もいない静かな夜に胸を膨らませ首を反らし、喉を張って叫んでみるといい。
「ぁおぉーんっ!」
コツは恥ずかしがらないこと。
自分のなかに眠る野生を意識すること。
僕がそうであるように、少しだけ人から遠ざかり変人に近づく代わりに、それと同じくらい少しだけ、その心は軽くなっているはずだと思うから。
Youtubeもやってます⇒秋田犬はるノ嬢@すぷりんぐちゃんねる(https://www.youtube.com/@user-zo6pt5rc2w)
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