「天然記念物」という肩書について
僕はこれまで犬というものを飼ったことがなかった。
加えて幼いころからどちらかといえば猫好きだ。
もしも自分が哺乳類を飼うことがあればそれは犬ではなく、猫であろうと薄ぼんやりと思っていた。
そんな予想を裏切って、おはるは僕にとっての初めてになった。
しかもなにやら「天然記念物」とかいうよくわからない肩書までこさえている。
よくわからないままに、やたら四角いその字ずらから感じる凄み。
少なくともただものではない。
「純血種」という点では同じでも、ありふれた自分なんかよりはるかに上等な気がしてくるではないか。
なまいきなやつめ。
ふと血統証に目を落とす。
父親の名前は剣、母の名前は
おはるの登録名は小雪姫。
つまり「天然記念物の小雪姫」!
…犬に群れ単位で名前負けとは、うちの家族はもうだめかもしれない。
でもこれからは自分が一緒に住む家族。
平凡な自分の名前に胸を張り、剣と に代わりこの都落ちした「姫」を立派に躾けなくてはならないのだ。
まずはトイレから(のつもりだった…)
おはると暮らすにあたって最初に心配したのがトイレであった。
昔と違って今は室内飼いが主流である。
隣人として、家中あちこちマーキングされてはたまったものではない。
領土拡大は断固阻止するのである。
オマルほどにも満たない大きさのペットシーツをスタンバイして。ここがトイレであることを言い含める。
もしもの時は抱え上げてでもシーツの上に連行する覚悟。
居間からじっと様子をうかがい、いつでも飛び掛かれるよう待機する。
本を読んでもご飯を食べても目の端に「尻」を捕らえ、自分がもよおした時でさえ足速にトイレに行き戻ってくる。
貴重な休日に自分はいったい何をしているのか…。
おはるの尻を中心に右に左に回る奇妙な生活スタイルが確立しつつあった頃、ついにその瞬間は訪れた。
まずはてこてこシーツの端まで歩いてきたおはる。
くんくん、くんくん
そしてその場でくるりと身体を1周、2周したかと思えば、
ぐいっと腰を落とした。
・・・
まさかのホールインワン!
あまりにも自然な動作で動く気すら起きなかった。
「こと」を成し遂げ去っていく後ろ姿に「どや」の2文字が見える。
ふふん♪と
こちらの意気込みを小ばかにするかのような一発クリアであった。
犬の生後3か月は人間でいう3歳なのだという。
果たして3歳の頃の自分に教えずしてこの所作ができたであろうか。
まさか頭の出来においてすら劣っているのかもしれないという恐怖。
天然記念物恐るべし、
それとも「姫」として当然のたしなみか。
…なんかもう飼い主の威厳とかどーでもいいんじゃなかろうか。
心が卑屈になりかけた時思い出されたのは、いつぞやテレビで見た海外の犬動画
そこではダルメシアンが水洗トイレを使い、さらには自分でペダルをひねり水を流していた。
嘘みたいな映像であったがこの調子ならそのうち実物を拝めるかもしれない。
同時に、おはると一緒にトイレを使う自分をイメージする。
人間のトイレで用を足すおはるの後に、
おはるのトイレで用を足す自分の姿。
…なんかうまく言葉にできないけど絶対にやだなぁと思ってしまった。
ある日わが家に増えたおはるのトイレ。
しかしそれを必要としなくなる日がそのうち来るかもしれない。
いつの日かトイレに入ろうとしたら扉の内側からぬっと顔だし、何食わぬ顔で出ていくおはると出くわすかもしれない。
ちっぽけな心の縄張りを守るため僕は不安な日々を送っている。
Youtubeもやってます⇒秋田犬はるノ嬢@すぷりんぐちゃんねる(https://www.youtube.com/@user-zo6pt5rc2w)
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